こんにちは、くらげです。
過去の記事でももしかしたら書いているかもしれませんが、私には普通の人になることに憧れがあります。
今回は、そんな私が何故「普通の人」に憧れているのかについてお話していこうかと思います。
書いていたら凄く長くなってしまって、暗い話でもありますので不快に思う方もいるかもしれません。
それでも良ければ、よろしくお願いいたします。
Contents
泣きながら通った小学校
小学生の頃から周りの同級生の会話についていけなかったり、勉強を真剣にやっているのに成績が伸びなかったりしました。
それらの要素に加え、中学校では勉強が何一つ理解できなくなり、運動能力も平均よりかなり下で、治安の悪い学校だったのもあって陰湿な嫌がらせなどもされました。
学校に行きたくないと泣き叫びながら学校に強制的に通わされることはありました。
今思うと、周囲から浮いた存在だったし、ちょっと行動が幼かったりする部分もあって、多分勘の良い方や、そういう障がいを持った身内がいる人には分かってしまったかと思うのですが、誰も指摘する人はいませんでした。
当時、ぼーっとしていて気づいたら知らない人たち(他のクラスの同級生たち)に囲まれ、「あんたこのクラスじゃないじゃん!邪魔だからどっか行けよ!」と怒鳴られたこともありました。
その子ははっきり物事を言う子だったような気がするのと、私のことを嫌っていたみたいなので、「何でこいついんの?最悪」とでも思っていたのではないでしょうか?
そもそも、その時は運動会の練習中だったのですが、私が黙ってぼんやりと立っていても誰もそれを指摘しない状況がおかしいと言いますか、その頃から友達いなかったのだなあと思います。
障がいを持っている人が差別される時代背景
時代背景的にも、障がい者というのは迫害される対象というようなイメージです。
私は当時気づかなかったのですが、障がい者を差別する言葉を多用する同級生もいました。
障がいを持った生徒のクラスというものがあって、そういう生徒を見てその差別用語を声に出しても注意する人がいなかったので、多分小学校も治安が悪かったのだと思います。
おそらく、多くの生徒に私も障がいがありそうということが分かっていて、そのせいで良く馬鹿にされていました。
同じ班の生徒が目の前で自分の悪口を堂々と話し出して「キモい」だの「死んでほしい」だの言い出した時は、あまりのことに泣いてしまったりしました。
しかし、その騒動も「私が急に勝手に泣き出しただけ」ということで問題視されることがなかったので、先生も頼りにならず、私の味方になってくれる生徒もいなくて辛かった思い出があります。
その他にも嫌だったことや、素行の悪い生徒にターゲットにされて暴力を受けたこともありますが、まだ本題に入っていないのに話が長くなりすぎているので割愛します。
とにかく、何が言いたいかと言いますと、小学校の頃から周りになめられていたといいますか、下に見られていたので、「普通」への憧れがあったということが言いたかったのです。
中学校から、普通への憧れは強くなっていく一方でした。
周りより劣っている自分を直視できなかった中学時代
まず、勉強が全く理解できませんでした。
高校受験の時、親が良い家庭教師を雇ってくれてその時にやっと少しだけ勉強の楽しさを知った程度でした。
ですが、高校受験をするための付け焼刃的な感じでしたので、高校に入学してから成績は一瞬で落ちました。
その後、塾に通ったりもしましたが、思うように成績は伸びませんでした。
スポーツ推薦の同級生よりも低い成績で、「私の人生、終わってる」と思っていました。
それに加え、運動も平均より大分下の成績でした。
体育の成績はいつも2で、高校受験の時だけ他の成績は上がったのに体育は最後まで2でした。
体が自分のイメージ通りに動いてくれないことに憤りを感じていたし、今でも運動は嫌いです。
そのような状態でしたから、「私は周りより遅れている」だとか「なんで私より勉強していない同級生は100点を取って、私は平均点にすらいかないのだろう?」であったり等、色々悩みました。
「普通」であること~嫌われたくない自分~
最終的に行き着いた答えが、今回のテーマである「普通」であることでした。
普通に周りと遊んで、普通に勉強をするということへの強い憧れがありました。
同じ班になるだけで嫌な顔をされたり、隣の席になるだけで最悪などと言われないような人間になりたかったんですよね。
障がいがあるということを知らなかったし、障がいという言葉の意味も知らなかったです。
当時、障がいと言ったら「うつ病」くらいしか認識していませんでした。
それも、同級生が「お前、うつ病じゃねえか!」とか冗談で言っているのを聞いたから知っていた程度だったので、過去の自分が今の自分の現状を知ったら絶望してしまうと思います。
「周りと違う」ということは理解していたのですがそれを「私が特別だから、いつかがらりと状況が変わるんだ」と意味の分からない妄想をして遊んでいたくらいには痛い人間でした。
多分「普通の人より劣っていて、特別でもない」ことは自覚していたけれど、現実を直視できなかったのだと思います。
今思うと相当アホだったので、そうやって自分を守ることしかできなかったのだろうなと思います。
希死念慮と戦っていた中学からの道のり
そんな私でも、当時の状況は辛かったようで、「死のうかな」と思い始めたのも中学生の頃からです。
自傷や自殺未遂をしだすのは高校になってからですが、中学の頃から希死念慮はありました。
よく授業中に「今、ここで飛び降りたら誰かの記憶に残れるだろうか?」とか、帰宅途中に信号待ちしている時「今、飛び出したら死ねるだろうか?」と考えていました。
結局実行しなかったので生きているのですが、友達もいなくて大分追い詰められていたのだと思います。
孤独というのは、本当にしんどいものがあって、高校に入ってからそれを実感することになります。
1人で朝から夕方まで集団生活に耐えなければいけなかったのと、周りは勿論大勢の友達に囲まれて生活している中で過ごさなければいけなかったので、「友達が欲しい」と毎日家で泣き叫んでいました。
高校が近所だったので私の泣き叫ぶ声が聞こえていたのか、家で泣き叫んでいたことを馬鹿にされたこともありました。
それらを無視するようになってきたのですが、馬鹿にしているのに無視されるのが気に入らなかったらしく、すごく悪態をつかれました。
それらも無視していたのでますます気に入らなかったようでしたが、当時は怖すぎてそれどころではありませんでした。
そういう、悪口を言われることが日常になって、どこにも属せない自分が嫌いでしたし、早く「普通」になって、友達を作らなければと焦っていたのですが、焦っても友達ができなかったので、心が病んでいくだけでした。
そもそも普通とは?
私が強く憧れている「普通の人」ですが、そもそもどうすれば「普通」になれるのでしょうか?
心が健康で、毎日が楽しいということでしょうか?
私の考える普通は「周りの誰にも馬鹿にされない人」です。
それに加えて、「コミュニケーションが円滑にできる(社交的)」のと「仕事を一定量こなせる」というのが、私の目指している「普通の人」です。
これは、私の考える「普通」なので、人によって考え方は違うと思います。
何でも人並みにこなせる人間になりたい、という思いが私はすごく強いです。
それに加えて、「周りに認められたい」ということや、「嫌われたくない」という思いがすごく強いです。
カチカに来てから、褒められることが多くて「もしかしたら普通に近づいているのかもしれない」と思えることが多くなってきました。
それでも、親との会話が上手くいかなかったり、生活さえまともに出来ない自分を見て「もう駄目だ、全然普通じゃない」としょんぼりしたりすることもあります。
障がいであるということに甘えたくないといいますか、出来れば薬を飲まないで生活できるくらいには精神を安定させていきたいです。
私の抱える統合失調症は「ここまで来たら完全に治りました」というゴールがなくて、服薬は一生していかなければいけないというような病気なのですが、個人的には周囲の人とコミュニケーションを取れれば安定させることも可能だと思っています。
実際、現在私は3種類程度の薬しか飲んでいません。
なので、障がいを持っていてもそれで全てがおしまいになってしまったというようなことはないと思います。
障がいがあってもなくても、現代は様々なストレスがある環境なのでそれに耐えていくには自分でもメンタルケアする必要があると思っています。
おわりに~私の目指す「普通」~
いかがでしたでしょうか?
自分の過去の事を「失敗経験」だと思っているからか話すと長くなってしまうといいますか、不幸自慢みたいにどうしてもなってしまうのですが、それでも生きています。
何度も死にたくなって、実際死のうとしましたが、死ねなかったです。
一度、死にかけたことがあって、その時目が覚めて一番最初に出た声が「死にたくない」でした。
それから、「私は死にたいわけではなくて、皆と仲良くできるような理想の人間になりたかったんだ」と意識して、自殺未遂はしなくなりました。
今でも「普通」への憧れがあって、そうなれるようカチカで仕事をいただいています。
ありがたいことに、多くの方に私の記事が読まれているようで本当に嬉しいですし、「こんな記事、読む人なんかいないだろうけれど趣味で書いている」という認識でいたのが、段々「同じ悩みを抱えている人に寄り添える存在になりたい」という気持ちに変化してきています。
なので今回、このような自分の過去を話してみました。
現状では、一般就職なんて到底無理だと思っていますが、それでも諦めないで挑戦し続けたら、いつかは夢がかなうのではないかなと思っています。
「普通」になれるまで、歩みを止めず頑張っていきたいです。
長くなってしまったので、今回はここらへんで失礼します。
また次回。











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