頼りない自分を抱えながら歩く~視界の狭い人間の歩き方~

こんにちは、くらげです。

私は普段、視覚よりも聴覚を使って生活しています。

といいますのも、視界がすごく狭いので、音を聞いて周りの状況を判断するしかないのです。

でも、聴覚より目で見る情報の方が、頭では理解しやすいという矛盾が生じています。

今日はそんな、矛盾している特性を持つ私が、どうやって生活をしているのかについてお話していこうと思います。

1 外出時の装備

外出時、考え事をしながら歩くことが多くて考えごとをしていたら目的地に到着していたみたいなセルフどこでもドアみたいなことになっています。

歩いている時の記憶がほぼないので、本当に私は無意識でどこでもドアを使ってるのかもしれません。

というのは冗談で、歩いているとき考え事に夢中なので時間が飛んでいるように思えるという現象です。

周りの警戒ができていないので、大分危ない外出の仕方ですが処世術のようなものです。

思い返すと、小さい頃から考え事をよくしていました。

考え事に夢中で他に意識が向かないことなどもありましたが、なんとかここまで生きてくることができました。

というわけで、私の外出時の装備品は「考え事ができる頭」です。

2 日常生活について

日常生活でも、視界の狭さで困難を抱えています。

そのため、自分が階段を降りるまで下で相手を待たせてしまったり、とにかく周囲で何が起こっているかが見えていないんです。

見えているはずのものが認識できない時もあります。

それは、聴覚でも同じことが言えて、同時に複数の人がしゃべっていると何の話をしているかが理解できません。

頭の中で整理しようと動いている感じがするので、多分複数のものを一度に処理する能力に限界があって、それが普通の人より少ないのかもしれません。

学生の頃など、複数の友人がいる場合いつも黙ってしまって、心配されることが良くありましたが、そういう時は、自分の存在価値を考えていたりしたものです。

常に自分が世界にいなくても成立すると思っていたので、自分といても楽しくはないだろうとかその時から被害妄想はありました。

また、頑固な部分があるので仕事面でもその頑固な部分が邪魔をして、業務を止めてしまう場合があります。

申し訳ないとは思うのですが、納得いかないことをやっていると気持ち悪いので自分を納得させないと業務の邪魔をしてしまいます。

後で考えて理解できても、その時は本当に理解できない頭になってしまうので、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんと謝るくらいしか自分にはできません。

昔は、自分の間違いをどうしても認められなかったので、謝れるようになっただけ成長していますね。

視界の狭さ、信用できない聴力(幻聴あり)、エラーばかり吐く頭というデメリットばかり貰っていますが、私の強みというのももちろんあるので、ご紹介します。

3 私の長所、健康な体

自分の日頃の行いのせいで生活習慣病ではあるのですが、それ以外に問題があるわけではなく、体が丈夫です。

例えば、ゲームは12時間くらい頑張ればやれますし、パソコンで作業していても眼精疲労を感じないので、目の強度はそこそこあると思います。

周囲のことが見えないことを犠牲に、私の目はどれだけ酷使してもちょっと頭痛を訴えてくる程度です。

視力もそんなに悪くありません。乱視ですが、眼鏡をかけなくても生活できるくらいの視力です。

逆に私の母は視野が非常に広く、道を歩いている人とかよく見ていますが、遠くまで見えすぎてしまって気持ち悪くなるということもあるようです。

目の話ばかりしてしまいましたが、特性で感覚に鈍感な関係と、酷使しても悲鳴を上げない肉体のおかげで疲れ知らずの体に産んでいただいたので、ちょっと無理しても平気です。

ですが、無理すると次の日に疲れるようになってきたので、そろそろ徹夜など体を酷使するのはやめようと思っています。

4 生活できてるだけで幸せだということ

ここまで。私にかかっている不具合の話を深くしていきましたが、個人的には日本で生活できているというだけで、幸せな事だと考えます。

日本ならではの部分(アニメとかゲームとか)を個人的に気に入っているというのもありますが、日本は比較的他の国と比べると戦うことも、事件に立ち会うことも少ないと思っています。

もちろん、決して事件が少ないといいたいわけではないですし、日本であるからこそ嫌な事も多々ありますが、どこに行っても多分同じことを考えるのだろうなと思っています。

それなら、私の好きなゲームが安定して発売され続ける日本を選びます。

また、読書も趣味の1つなので、日本語というものが好きなのかもしれません。

日本で、生活に困ることなく(借金などの負債がなく)、元気にやれているというのがもうそれだけで幸せだし、何より健康な体を持っているのもありますが、日々沢山のもの(物体とかではなく、考え方のコツやアドバイスなど、形にできないものを)親やカチカの支援員さん、グループホームの職員さん等々の支援してくれる方々からももらっているなと思います。

5 おわりに

いかがでしたでしょうか?

今回は、私の視界や聴覚等、どういうものを抱えながら生きているかについてお話してきました。

自分の長所である、体が丈夫という部分の話にもあったように、疲労を感じにくい+無理をしても壊れにくい体を持っています。

組み合わせ的には最悪かもしれませんが、個人的にはこれを強みだと思っています。

生活は上手く送れなくなったりしますが、この疲れにくい部分が良い方へ転がることもあります。

仕事中、特にそうですが仕事に集中できて、その集中が1つ片付くまで続けることができるので、すごい能力だと思っています。

皆様にも、自分で気づけていない長所があると思います。

そういう自分で気づけないものに、いつか気づくことができたら自分のことが少し好きになれるかもしれません。

実際、私はこの記事を書いていて、自分の健康体に感謝できました。

近すぎて気づけない幸せも、いつか気づけるとありがたく思うかもしれません。

長くなってきたので、今回はここまでとさせていただきます。

それでは、また次回。