ソシャゲに人生を投げ売りしている人間による、ソシャゲから距離を置く方法

こんにちは、くらげです。

この間、気づいたら寝る時間の1時間前になっていてショックを受けました。

その間まで何をしていたか振り返ると、ソシャゲのデイリー消化をしていた記憶しか残っておらず、「デイリー消化だけでこんな時間持っていかれるのかよ」とショックでした。

今回は、ソシャゲのデイリー消化に日常を持っていかれている私が、どうやったら自分の日常を取り戻せるかについて考えてみます。

1 ソシャゲに持っていかれる時間、消費されていくコンテンツについて

私はおそらくソシャゲを10個以上やっておりまして、それぞれのコンテンツの消費スピードが速いなと考えています。

様々なゲームをやっているので、ストーリーを楽しむために始めたのに、そのストーリーを読まずにやっているというものもあります。

それだけそのコンテンツに愛があるわけでも、情熱があるわけでもない。

それなのに、辞められないのです。

例えば、ちょっと飽き始めているソシャゲがあるとします。

その場合、普通の人ならログインしなくなると思うのですが、私はほぼ惰性で毎日ログインして日課をこなしています。

ストーリーを楽しんでいるわけでもなく、ゲーム性を楽しんでいるわけでもない。

でもデイリーをやらなければいけないからやるというようなゲームが半数以上を占めています。

ストーリーとゲーム性両方を楽しんでいるソシャゲは、片手で数えるほどしかないのですが、それ以外の楽しめていないソシャゲまで私は頑張ってしまうのです。

「途中までは楽しめていたから」「この先楽しくなるかもしれないから」そう言って毎日コンテンツを消費しています。

そういう向き合い方って、そのソシャゲに対しても、制作会社さんに対しても失礼ですし、そのコンテンツを推しているファンの方々にも大変失礼なのですが、私は一度始めたものを「自分には合わないから」「退屈だったから」といって、簡単に捨てることができないでいます。

2 なぜそこまで、ソシャゲに時間を使ってしまうのか?

そんな無理してまでソシャゲってやるものではないです。

でも、私は「なんとなく始めてしまったから終わりまで見届けなければ」とか「推しのガチャは引かなければ」というような、気持ちで毎日やっています。

全部を回るのに通常でも2、3時間かかりますし、長いと5時間とかもしくはそれ以上かかります。

そのせいで、「本当にやりたいこと」がやれないでいます。

例えば、溜まっている小説を読むとか、購入したゲームをやるとかです。

やれないままでいるものが、おそらく100個以上溜まっていて、全部を生涯が終わるまでにやりたいことなのですが、そちらを優先できません。

ソシャゲに囚われている、と自分でも思っていて、辞めたいと愚痴ることもしばしばあるのですが、やめられないので、まさに囚われていると言えます。

そこまで私を動かす原動力というのは何かというと、唐突に投下される推したちだと思います。

ソシャゲを沢山しているので、その沢山のソシャゲの中で、1人でも推しがいると、その子のために一生懸命ガチャ石の貯蓄をしたりしなければ、と考えてしまいます。

推しのガチャが来てしまって、尊過ぎたから最近全然頑張れてなかったけれど頑張るとか言ってめちゃくちゃそのゲームを集中的にやったり、諦めが悪いといいますか、やはり毎日頑張らねばという気になってしまいます。

逆に推している子がいないゲームというのはスパッとやめられます。

「なんか飽きて来たな」で終わる場合、大体好きになれる子がいなかった場合です。

なので、私がソシャゲに時間を使い続ける理由は、「推しのため」というのが大きな要素だと考えます。

3 「嫌ならやめればいい」が出来ない理由

「そんな『つまらない』とか『しんどい』なら辞めればいいじゃん!」という話になると思うのですが、そういうわけにはいかないと私は考えています。

「義務」というわけでもなければ「強要」されているわけでもありません。

ですが、「完璧主義な自分」が邪魔をします。

何事も極めたいといいますか、上位ランカーになりたいというわけではありませんが、「全てを見てからじゃないと『つまらない』か 『楽しい』かは分からない」という持論と、意固地になっているというものがあります。

これには、成長過程の教育方針が関係していて、私の家は「やりはじめたら、最後までやり抜きなさい」という家庭で、途中でつまらなくなったり、嫌になっても「簡単に辞める」ということが「悪い事」とされていました。

また、辞めた後も「あなたは継続する力がない」という小言を聞いてきていて、自分のことを「何をやるのも中途半端で、何もできない」という認識で生きています。

だから、やり始めたものを途中でやめるとまた親から小言を言われる気がしているのと、「くだらないことに熱量を割くな」と言われたくないため、一生懸命全力でぶつかっているという部分があります。

おそらく、私がゲームをやっていることを親は「くだらない」と思っていますし、私自身も頑張り方を間違えている自覚があります。

ですが、「間違えていても、やり遂げなければ」と謎の使命感に燃えております。

本当はやめたいのにやめられない、依存みたいなものかもしれません。

4 すべてに決着をつけるため~私が考える、ソシャゲを手放す方法~

ここまで、言い訳のようなソシャゲを辞められない理由を散々述べてきましたが、ここからはこの状況に決着をつける方法を、自分なりに考えたいと思います。

まず、「ゲームは義務ではない」という意識をすることが必要な気がします。

私の中で、「ソシャゲの周回」が「義務」になっている部分があるので、「自分が辞めたいときに辞めていいし、義務でやる方が相手に失礼である」というような考え方をするようにしたら良い気がしています。

考え方が変化したくらいでは多分自分の行動を変えられないので、自分の行動を変化させる方法を2つ思いついています。

それは「自分の心がときめかないものはなくす」というものです。

未練がましく「推しがいるから」と考えるのをやめると、多分やりたいゲームとやりたくないゲームが分別できる気がします。

あとは「デイリーミッションが長くて、退屈に感じているものはすっぱりお別れする」というのもありでしょう。

それらの「ときめかない」かつ「デイリーがしんどい」ものを消していければ、自由になれる時間というのも取れる気がします。

結局は「惰性で周回している」ものをなくしたり等、断捨離のような感じで抱えているものを手放すということが必要だと思います。

5 おわりに~自分時間を大切にすること~

私はもともと、実家で自分のための時間がなくて辛かったからグループホームに住むことを決めました。

それなのに、今度は自分のための時間がソシャゲのための時間みたいになっていて、本末転倒なように感じました。

なので、もう少しご自愛してみようと思います。

自分の時間を、自分のために使うということをやってみたいですし、何かに囚われた生活は窮屈なだけなので、やってて辛くなるものとはお別れしたいと思います。

今回は、私のソシャゲ周回との関係についてお話してきました。

読みづらい文章になったかもしれませんが、自分なりに考えて感情を整理してみました。

今回、「絶対に自分が飽きているソシャゲ像」というのが書いていて見えてきたので、それらとはお別れしたいと思います。

皆様の中にも、ソシャゲが義務になっている方はいらっしゃるでしょうか?

もし、今辛い思いをしているなら、ちょっとそれらと距離を置くというのも1つの手段かもしれません。

それでは、今回はここらへんで失礼します。また次回、お会いしましょう。