こんにちは、くらげです。
私は、結構自責の念が強いといいますか、何か少しだけ失敗するだけですぐ自分を責めてしまう傾向にあります。
マイナス思考なのと、実家が自分が謝らなければいけない環境だったのがあり、口癖も「ごめんなさい」だったりします。
謝りすぎだとよく指摘されるのですが、口癖なので申し訳なく思ってなくても反射で謝ってしまったりして周囲の人を困らせています。
今回は、そんな私が自分を責めないようになるためにしていることや、考え方をご紹介出来たらなと思います。
1 職員さんの言葉に救われた話「他人はそこまで人を気にしていない」
グループホームの職員さんが言っていたことで、「他人はそこまで自分のことを考えていない」という考え方がありまして、それを聞いてから結構私は楽になりました。
「嫌われたくない」という気持ちが人一倍強く、誰もに愛されるような人間になりたいという考えが小さい頃からあって、成長過程で段々その思いが強くなっていったのと、自分の悪口を言われている現場を目にする機会が多かったので、「嫌われている」という気持ちが常に付きまとっていて、「私を知っている人は、全員私のことが嫌いなんだ」とずっと思っていました。
しかしカチカに出会いグループホームに入居してから、何故か周りが私のことを好意的に見てくれているので「なんて優しいんだ!」と最初の頃は思っていたのですが、段々「私のことが嫌いだけれど、無理してお世辞を言っているんだ」という考えになってきていました。
そんな状況の中で、ちょくちょくこの「他人はそこまで自分のことを考えていない」というお話をしていただいていたのですが、確かにそうかも?と思いまして。
私は、幻聴などで悩みを抱えていて、学生時代に対するコンプレックスもひどく、よく昔の同級生に悪口を言われるというような相談をするのですが、その度に「その人と、今は出会わないのだから関係ないよ」というような言葉をいただきます。
関係はないのだけれど、知らないところで悪口を言われている状況が嫌なんですよね。
八方美人になりたかった嫌われ者だと思っているので。
でも、たとえ同級生に悪口言われていたとしても私はそのことを知ることはないと思うので、考えなければ楽だということは理解しています。
それでも考えてしまうというのが、私のマイナス思考+被害妄想が激しい原因なんですけれどね……
でも結構大事な考え方だと思います。私のような考えの方がいらっしゃったら、一度「周囲はそんなに自分のことを気にしていないんだ」と考えてみてはいかがでしょうか?
2 人を嫌うにはエネルギーがいる
これもグループホームの職員さんの言葉なのですが、「人を嫌いになるにはエネルギーがいる」という考え方です。
他人を嫌いになるということで、嫌がらせをしたり悪口を言う人がいますが、そういう人って結構エネルギーを使っています。
そもそも、他人に嫌がらせをするというのが結構労力がいるし、その人への嫌がらせを考えるという行程も多分、手間がかかっています。
そこまでしてその人をのけ者にしたいのか?と思えるように今はなりました。
学生時代ののけ者にされる側の時は相手がどれほど自分に対して悪意を向けるのにエネルギーを使っているかなど考えてもいなかったですが、よく考えたら嫌いな人を作ることで起こるメリットってないなって思って。
私はあいつのことが嫌いです!と意思表示を本人に向かってすることって大変だなあと思います。
嫌いな相手を作ることで自分が勝手に不快になって、それをちゃんと本人にフィードバックしようとするのですから、「人間的に少し幼いのだな」と思ってあげると楽になります。
3 私なりの「自分の存在を認めてあげること」
私はかなり過去に縛られていて、「自分を認めること」ということがなかなかできません。
「自分は生きていたら駄目なんだ」という考えから抜け出せないでいます。
ですが、グループホームに来てから「自分が死んだら泣いてくれる人」というのが存在することに気づきました。
「グループホームの仲間たちや、仲の良い職員さんたちを泣かせる可能性がある」というのが、今の私が死なない理由ですし、希死念慮はありつつ「でも本当は生きたいんだよな」という思いに気づけたのも仲間たちがいるからです。
カチカに来てからというものの、作業に対して褒められることも増えているというか、今まで褒められたことがなかったことまで褒められて、疑心暗鬼になりそうなくらい私を評価していただいているので、そういう面でも「自分って、意外といろいろできるんだな」という気づきにも慣れました。
今でも生きていることに罪悪感がありますが、それでも死ぬということを選択しないのはグループホームやカチカの支援のおかげだと思います。
カチカに通所することに対してモチベーションが最近下がっているのですが、グループホームの職員さんが上手い事私を調子に乗らせてカチカへ通所させてくれていたりします。
今日も、実は腹痛で休もうかと考えていたのですが「カチカ行くぜよ~」と誘っていただいたので通所しています。
勿論カチカでも様々な方たちに迷惑をかけつつ、支援をしていただいています。
4 おわりに
いかがでしたでしょうか?
今回は、自分を認めてあげられない私の、自分を責めない考え方についてお話してきました。
「自分がすべて悪いんだ」と少しのミスで思ってしまう私ですが、カチカに来てから様々な変化があり、考え方も変わって少しだけ楽になったような気がします。
この記事を読んでいる皆様の中にも、自分を責め過ぎてしまう方がいるかもしれません。
そういう方たちも、「自分にも出来ること」や「人に左右され過ぎない考え方」というものを考えてみると楽になるかもしれません。
具体的には、今回の記事にある通り「他人はそこまで自分を気にしていない」ということや、「自分を認めてあげる」ということがあると思います。
自分を認めるということが結構難しいのですが、例えば掃除や家事が出来たとしたらそれだけでえらいと思います。私は家事どころか身の回りのことさえ出来ませんので……
私のような何もできないと思っている人間でも、特技をカチカで発見できました。
きっかけがあれば、何もできないと思っている人でも何かしらの特技があると思います。
自分が当たり前と思っていることも、周囲の人が見たら意外とすごいことだったりすることもあります。
自分を否定的にとらえてしまう人というのは、自分の嫌な部分ばかりに目が行ってしまいがちですが、そんな状況でも苦しかったり、辛かったりする現状に耐えているということが凄いです。
生きているだけで、価値があるということだと思います。
今回はここらへんで終わろうと思います。
この記事が自己否定をしがちな人の目に触れたら嬉しいです。
それでは、また次回。











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