こんにちは、くらげです。
私は現在、グループホームで生活をしています。
家族からどうしても離れたかったのと、自立をするためにグループホームへの転居を決めました。
家族との関係は改善されたのですが、よく母に「自立するためにグループホームへ入ったんじゃないの?」と言われます。
といいますのも、私の生活習慣が結構終わっているといいますか、私の話を聞いているとちっとも自立しているように見えないようなのです。
今回は、私なりに「自立する」ということについて考えていこうと思います。
Contents
1 私の憧れる「自立」
私の考える自立というのは、「自分で身の回りのことができる」ことと「自分で考えて動ける」ということだと思っています。
自立という言葉を聞くと、そつなく全てがこなせるパーフェクトな人間を想像してしまいます。
あと、大人の人間として認められているように感じます。
自立=人に頼らなくても生きていける
という固定観念みたいなものが私にはあって、目指したいとは思っているものの、現実はそんなに甘くなくて、全然自立できるような状態ではありません。
2 障がいという壁
母はよく、私のことを「障害者だから」と言います。
多分、普段の行いから病的な部分ばかりが目に入ってしまうからそう言うのだと思うのですが、障がいがあっても、自立している人はいると思います。
しかし、障がいが壁になってしまう場合も往々にしてあると個人的には思います。
例えば、私は朝が極端に苦手で今日も起きれなかったのですが、普通の人は朝が苦手だとしても起きれるような気がしています。
そんな感じで、「やりたいけれどどうしてもできない」という状態が良くあります。
これは、障がいを持っているからなのかは分かりません。
でも、例えば片付けができない障がいを持った方がいたとして、「毎日掃除して、部屋を清潔にしてください」とその人が言われた場合、その人にとっては部屋をきれいにしているつもりなのに、障がいを持っていない人が見たらただの「汚い部屋」であることがあるかもしれません。
それ以外にも、障がいを持っていると体調を障がいに左右されがちです。
起きた時に、全身が怠いとか明らかに調子が悪い場合もあります。
メンタルと体調がリンクしているので、そういう不調を受け入れながら自立するというのは結構大変なのではないかな?と思います。
3 障がいを持ちながら自立している人
そんな中でも、障がいを持ちながら自立している人はいると思います。
不調を抱えながら、日常生活を送るというのは結構大変だと思いますが、それでも生活をしっかり送れる人はすごいです。
私の場合ですと、体が怠かったり、どうしても動けなかったり等の不調や、セルフネグレクト(自分のことに対して、杜撰になってしまう状態)をしてしまったりしてしまいがちです。
それにより、日常生活を送れなかったり、清潔感が欠けてしまったりします。
「私の考える自立」が、「日常生活をそつなく送れること」なので、これではとても自立できていないと思っていて、改善したいと思ってはいるものの、なかなか難しいです。
4 そもそも「自立」ってなんだろう?
私の考える自立についてはお話してきましたが、世間的に「自立している」と言えるラインはどこなのだろう?と思います。
自立の定義について調べてみると、とある言葉が目に入りました。
「自分らしく生きること」
という言葉です。
私が先程まで述べてきた自立の定義は、「普通の人が考える自立」という感じで、世間的に見る「自立」という感じがしてしまいました。
「そつなく日常生活が送れる」「自分の考えで選択ができる」
というのは、おそらく私が「普通に見られるために自立したい」という思考が根底にあるから出てきた言葉で、一般論みたいなものだと思います。
しかし、「自分らしく生きる」ということが「自立」になるらしいと聞いて目からうろこでした。
正直に言うと私がグループホームに来た理由として、「家族から離れて、自分の人生を歩みたい」という願いが少しありました。
残念ながら、完全に家族から離れることは実現できていないのですが、いずれは家族から離れたいと思っています。
5 「他人のための人生」から「自分のために歩く」には
私の母は結構過保護で、「土日は絶対くらげは帰ってくる」というルールみたいなのがあるので、それを曲げさせてしまうと不機嫌になるだろうから、毎回土日になると帰宅しているのですが、こういう状態があまりよくないと思っていて、「結局親の言いなりになっているし、断れないし、全然自立できていない」と考えてしまいます。
断れない理由として、私の性格的に「相手の機嫌を伺い続けてしまう」というのと「親に逆らえない」というのがありまして、グループホームの職員さんからも「断ればいいのではないか?」という提案をいただくのですが、「断る」という行為に抵抗があります。
それは多分、「子供の頃から親の顔色を窺ったり、言うとおりにしてきた」という経緯が関係しているのかなとも思います。
「親=従わなければいけない存在」
というのが私の思考を決めているような気がしていて、これでは「自分らしく生きる」ことができないから、自立していないなと思います。
まだ、「自分の人生」は始まったばかりな気がしていて、ずっと周りの顔ばかり伺ってきたので、「他人のための人生」を歩んできていた気がしていて、「もっと自分らしく生きてもいいんだ」と自立の意味を調べていくうちに思いました。
6 おわりに~自分を大切にするということ~
いかがでしたでしょうか?
今回は自立について考えてきました。
私は「世間の常識」であるとか「親の言う普通」というものに、縛られているのかもしれないと考えていくうちに思うようになりました。
でも、「自立する」ということには「自分のために生きる」ということが含まれていることに今回気づけたので、それを知って「普段自分のことをいかにないがしろにしているか」という部分が、私なりに少し答えが見えてきました。
セルフネグレクトをしてしまうことも関係するかと思いますが、自分を大切にできないので、「少しくらいは自分の人生を歩み出しても、別に批判はされないよな」と思いました。
「親のための人生」でも「他人のための人生」でもなくて「自分の人生」なので、自分についてもう少し考えてみようと思いました。
結構、考えすぎる部分が私はあるし、自己評価がすごく低いので、少しは自分を認めてあげようと思います。
今、この記事を読んでいる方の中にも、「自分のための人生を歩めていない方」はいるかもしれません。
その方たちにも、「自分のために生きる権利」はありますので、どうか、自分を大切にしてほしいと思います。
今回はここらへんで失礼します。それでは。











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