こんにちは、くらげです。
私は昔から、ちょっと周りの人と違うと感じていたことを以前記事にしたと思います。
今回は、そんな周りから浮いていた私が、診断名をもらった時感じたことを書いていけたらなと思います。
よろしくお願いいたします。
1 最初の診断
最初に受けた診断は、拒食症でした。
自分では、そんなに痩せているつもりはなかったのですが、当時炭水化物を全く食べず、ほとんど野菜しか食べないような生活をしていたので、さすがに今考えるとおかしかったなと感じます。
この頃より前から希死念慮に悩まされていたのですが、拒食症と診断が出た時は精神の病気という存在に気づいていなかったので、「なんだそれは?」と思っていた印象があります。
痩せすぎて、命に係わるとかそれが病気になるとか、考えていなかったのですよね。
とりあえず、自分のあだ名が嫌なやつから「くらげさん」になれるような体を作ろうと思っただけだったので……
でも、そのあだ名は私が太っているからつけられたわけではなく、運動神経のなさから付けられているということに最近気づきました。
2 統合失調症と言われて
拒食症で希死念慮がひどく大分荒れていたのですが、当時通っていた病院が「あなたは極端に痩せているだけで、他のところは異常ではありません。太りなさい」というような方針だったので、「こんなに死にたいのに、太れば解決するわけないだろ!」と当時は思っていました。
今思うと、相当ひどいことを言う医者でしたね。
「学校に行きたくない」と泣きわめいた次の診察で、「ああいう状態が続くなら病気だけど、今日は大丈夫そうですね」とか言われて、「本当にこの人は医者なのか?」と疑った記憶があります。
その一件以降、早く病院を変えたくて必死になるのですが、母はその医者が大好きで、転院には反対していました。
その反対を無理やり押し切って比較的大きな病院に転院したので、当時すごく怒っていたような気がします。
今でも、一番最初にかかったその医者のことが好きみたいで、すぐ「今関わってくれている医者を信用するな」的な発言をするので私的には複雑な心境です。
とりあえず、話を戻すと転院してつけられた病名が統合失調症でした。
やっと自分の不調に名前がついて、一生懸命自分の不調と向き合おうとして病気について色々調べたりしました。
統合失調症の症状を見ていると全てのことが、私のことを言っている気がして「私は病気だったんだ」と納得したような気がします。
3 現在へ~発達障害と言われて~
統合失調症というだけでは、私の中で納得いかず発達障害の傾向があるということと、知的障害のグレーゾーンと言われたことは大人になってからでした。
診断自体は、学生の頃入院したときに受けていた知能検査で出ていたのですが、そのことを伝えられず大人になるまで過ごしていて、「なんだか生きづらい」というような状態でした。
拒食症になってから、自分でも精神関係の病気に興味があって、いろいろ調べていて「私はもしかしたら発達障害だから生きづらいかもしれない、でも診断が出ていないからそう思うのは私だけなんだ」というようなことを考えていました。
どこにも属せぬまま、どこか孤独感を抱えつつ生活していたらカチカに出会い、グループホームに住むことになった時に主治医を変えているのですが、その時の引継ぎに必要な書類に「この人は普通の場所では働けません、就労B型で働かせてください」みたいなことを書かれていたのと、「発達障害の傾向がある」ということが書かれていて、「今まで何で黙ってたんだ」とか「下に見られていたんだ」等、様々な事を考えましたが再度知能検査をしたりして、「知的障害のグレーゾーンである」ということと「発達障害の傾向がある」ということがはっきり結果に出ました。
その結果を踏まえて、「私には障がいがある」という自覚が出てきました。
というのも、今まで「統合失調症」という病名をもらっていたのに、自分のことをなんちゃってメンヘラだと思っていて、親も根性が足りないから精神を病むんだという前時代的な思想だったので、「私が頑張れないのは怠けているからだ」とずっと思っていました。
お腹が痛くなるのも仮病だと思っていましたし、実際周りからは仮病と言われたりなどもして、「学校をさぼる人」という認識だったと思います。
教室にいてもいなくても一緒なのですが、保健室に行くたびに「あいつはいつでもさぼれて楽だな」とか後ろから嫌味を言ってくる同級生などがいる学校でした。
なので「努力」というのを自分的にはしているつもりなのですが、周囲からその「努力」は見えないようでした。
「多分、平均以下の人が頑張っても平均には届かないのだろうな」と当時考えていたのですが、今思うと知的障害に近い人間だったから、本人が努力したとしても置いていかれるような環境だったのかなあと思いました。
4 障害があるからこそ、人生を楽しもう
「発達障害」「知的障害グレーゾーン」「統合失調症」という3つの診断名を受けて、やっと障がいがあるという自覚が出てきて、グループホームで支援をしていただいたり、カチカに通ったりして、なんとか楽しく生きれるようになってきました。
「障がいがあるから」といって、「人生を楽しめない」ということにはならないと私は思います。
むしろ「障がいがあるからこそ、人生を楽しめる場面」というのもあります。
例えば、小説を読んでいて何か欠けている主人公がいたとしたら、その人の気持ちが痛いほどわかるし、弱さを抱えて前に進もうとする人から勇気をもらえる機会が結構出てきます。
これは私の場合ですが、障がいだと診断されたことで安心できるという人もいるかもしれません。
普通の人として生きてきて、辛さを感じている場合は結構あると思うのですが、原因がはっきりすると納得できる気がします。
全てを障がいのせいにするのは違うと思いますが、障がいがあるから生きづらさを感じることは結構あると私は思っていて、その生きづらさを抱えながらどうやって生きていくか?というのが重要だと思います。
5 おわりに
いかがでしたでしょうか?
今回は、私が障がいと診断されてからのことを少しお話してみました。
障がいを持っていて苦しんでいる人がたくさんいる中、私はまだ幸せに生きている方なので前向きといいますか、楽観的に見えるかもしれませんが、自分なりに障がいを受け入れようと考えながら生きています。
何度か、死にそうになったこともありますが、今は生きていてよかったと思えるので本当に環境によってモチベーションって変わるなと思います。
結構長くしゃべりすぎてしまったので、今回はここらへんで失礼します。
それでは、また次回。












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