自己否定ばかりの自分が、自分を認めるまでの話

こんにちは、くらげです。

今回は自分の劣等感と、自分にも実は特技があるのだぞということについてのお話しをしようとおもいます。

よろしくお願いいたします。

1 自己否定ばかりの自分

小学生くらいから自分のことが嫌いになりました。

きっかけらしいきっかけはなかったかと思いますが、いままでは自信に満ち溢れた傲慢な人間だったのに、いきなり消極的で自己否定ばかりの人間になったので、当時の友達はびっくりしたのか、私の母に「くらげちゃん、最近遊んでくれないのはなんで?」というような質問がたくさん来ていたようです。

そうとは知らず、自分みたいなやつと遊ぶなんて相手がかわいそうだし、そもそも私面白い人間じゃないから、読書していた方が周りの迷惑にならなくていいや、という考えで読書ばかりする人間になりました。

当時、鬼ごっこに誘われた時に私が足が遅いためすぐに狙われてしまって、しかもあまりに私ばかり狙われるのと、鬼になったとしても捕まえることが不可能なため、指を指されて遠くから笑われるのがすごく嫌だったという記憶があるのですが、その他の記憶が欠落しているので、多分その鬼ごっこに誘われたのは悪意があったのかもしれないけれど、他にも優しい友達たちがくらげちゃんと遊びたいのにとか言っていたのにその人たちのことを見ることができなかったため、どんどん「私は嫌われている、駄目な人間だ」というような自己否定が止まらなくなりました。

考えてみると、このいきなり自分が嫌いになった原因がないのが不思議で、私の推測ですがこの頃から持病(統合失調症)を持っていたのではないか?と思います。

統合失調症は中学生くらいからなりはじめる、というような話を聞いたことがあって、考えたことがなかったのですが、小学生だとしても統合失調症になる子はいると思います。

また、勉強についていけなくなったのもこの頃くらいからだったので、勉強ができないストレスと、友達に嫌われているかもしれないストレスで、統合失調症にかかってしまったのではないかな?と思っています。

2 勉強ができないことと劣等感

小学生高学年くらいから勉強がわからなくなってきました。

算数が特に苦手で、学習教材をやっているおかげでぎりぎりついていけているというような感じでした。

中学生になり、数学を学び始めてから余計わからなくなりました。

その他にも歴史の授業に追いついていけなかったり等、国語以外すべて苦手というような感じでした。

学習教材をやめて、塾に通うようになったのですが、そこでも問題が解けず、問題が解けるまで帰宅してはいけない塾だったのと、解き方を教えてもくれなかったのもあり、夜遅くまでずっと悩んでいました。

小学生までは心配してくれていた友達たちも、いつまでも心配しているわけにはいかなかったみたいでいなくなり、孤独感を強く感じるようになりました。

また、この頃から悪口を言われているという被害妄想が大きくなったのも1人になる原因でした。

周りから明らかに劣っていると自分のことを認識するようになったのもこの頃でした。

明らかに勉強が遅れているのと、家族も弟ばかりを優先しているように感じていたので、本当は平等に愛されていたのに「弟より出来の悪い失敗作な自分」という意識があって、自分の中で「どうせ何をやったって人より劣るのだから意味がない」とか思うようになってしまいました。

この頃から卑屈というか、劣等感の塊のようになります。

本当は得意な事もあっただろうに、「周りより出来ないから何もしない」というもったいないことをしていました。

3 大人になってから気づいた、私の特技

そんな感じで、「誰からも求められない、なにもできない、生きている意味のない自分」としてカチカに出会うまで生きてきました。

毎日生きている意味がないのだから、死んだ方がいいと思っており、「死にたい」が口癖でした。

そんな私が、カチカに来てから本当の自分の価値を知ることになります。

最初に言われたのが、「タイピングが早い」ということや「仕事が早い」ということでした。

初めて社長に会った時、「タイピング速いね!」と言われたことを今でも覚えています。

確かに高校の頃パソコン部に所属していたので、人並にタイピングはできるとは思っていたのですが、私以上に速い子がいたので「自分はそこまで早くない」という認識でした。

ですが、褒められる程度には速いということが分かり少しうれしかったです。

それと働き始めてから最初に褒められたのが、作業スピードが早い事でした。

自分的には作業スピードが早くても、ミスがボロボロ出ているから駄目だと感じていたのですが、「作業が早くて助かる」との声が多く寄せられ、ちょっと調子に乗ってしまったりしました。

すぐに調子に乗ってしまう悪い癖が私にはあるのですが、褒めていただく機会が増えて、自己肯定感が少しだけ上がったような気がしています。

4 誰にでも得意な事がある

何もできないと思っていた私がカチカでは認められているように、誰にでも活躍できる場所があると思っています。

私の場合はカチカだったのですが、カチカに出会えていなかったら今までと同じで劣等感を抱え続け、毎日死にたいと思いながら生きていたと思います。

今でも劣等感はあるしできないこともありますが、それ以上に出来ることが増えてきたのと肯定してもらえるようになったことで救われたというか、「まだ死ねないな」と思うようになってきたので環境に恵まれているなと感じています。

この記事を読んでいる方の中にも、生きている意味を見出せなかったり、自分は何もできないと思っている方がいるかもしれませんが、そういう方達にも隠された特技や、自分では気づけないけれど人より優れている部分があると思います。

私の場合は、ミスが多いけど仕事が早い部分と文章を書くことが得意だったのでこのような記事を書いていたり事務の仕事をしたり等していますが、それらの特技がもしかしたら一生見つけることができなかったかもしれない可能性もあったので、本当に自分の特技がわかって良かったなと思っています。

5 おわりに

いかがでしたでしょうか?

今回は自分の中の劣等感の話と、実は隠されていた特技があったという話をしてきました。

私にも欠点が数多くありますが、特技もあるという気づきを得られたので特技を伸ばせるようにしたいなあと思いました。

今でも劣等感はありますし、「私は何もできないから」が口癖だったりしますが、グループホームの職員さんやカチカの職員さんが「そんなことないよ!」とおっしゃってくれるし、感謝されたり良い反応をもらえることが多いので、そこまで自分を卑下しなくてもいいよな、と若干思うようになってきました。

この記事を読んでいる皆様にも、必ず活躍できる場所や得意な事があると思うので、あきらめないで生きていてほしいな、と私は勝手に思っています。

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