こんにちは、くらげです。
学生の頃、大人というのは私にとっては怖い存在でした。
基本的に怒鳴られてばかりでしたし、暴力的な先生がまだ存在していた時代だったので、「学校の先生」というだけで偉い存在なのだと学生の頃は思っていました。
小さい頃、立派な大人になるのが夢でしたし、高校を卒業したら実家と縁を切るつもりでした。
実際はそう上手くいったわけではないですが、それでも大人になってから気づいたことや大人になってよかったと思うこともあります。
今回は、大人になってから私が気づいたことと、良かったことについてお話していこうと思います。
その1:人間関係があまりよくなかった
当時もうっすら思っていたのですが、人間関係をあまり上手に形成できなかったなと大人になってから思います。
何故か怒られることが多かったように感じます。
これは友人にも、大人にもです。振り返ると怒られてばかりだった気がする……
自分の素を出せるような友人がおらず、どこか嘘をついているような状態でした。
高校からは、小学校から一緒だった幼馴染とも離れ友達と呼べる人がいなかったです。
自分のことを面白いと言ってもらえるようになったのは、グループホームに入ってからで、それまでは「母の方が面白い」と常に言われるような状態でした。
性格の悪い人しか世の中にはいないのだ、とずっと思って生きてきたのですが実際は別にそうでもないかもと大人になってから思うようになりました。
その2:極度の甘党
この間、グループホームの子と話していてびっくりしたのですが、朝から甘いものは朝食的に重いらしいです。
実家では、菓子パンやフルーツグラノーラを朝食にしていたのでそういうのを食べないという事実に驚きました。
高校生の頃、朝と昼が菓子パン、おやつも食べて夕食は食事(カレー等)という日もありました。
言葉にすると甘いもの食べ過ぎですね、何で長生きしてるのに気づかなかったんだ。
他にも、甘いと言われたコーヒーが苦く感じたり等、自分の味覚がどうやらやばいらしいということに大人になってから気づきました。
毎日おやつが出てきて、朝食も甘くてというのは世間的にはなしなのか……と衝撃を受けました。
また、結構大食いの家系で育っているらしいということにも驚きました。
確かに、弟は結構肉体を鍛えていてがっしりしているタイプです。母と父は痩せているので太っているのは私だけです。痩せろと毎回言われます、悔しい。
「多分、母が結構人に食べさせたがりなのかもしれない」と最近思っています。
実家に行くと、これ食べよ~と誘われて断れません。
それに加えて、父親も胃がバグっているのかめちゃくちゃ食べます。働いているところで体力を使っているそうです。
グループホームに帰宅してお腹が空いていない時、実家で食べた物の量を考えると意識が遠くなります。
もしかしたらなのですが、私が拒食症になったから娘を空腹にさせるわけにはいかないと無限に食べさせてくるのかもしれません。
優しい親ですね。私、今は太っているんですけれどね。
今でも両親の中では忘れられない出来事なのかもしれません。
メンタル的な不調が出始めるきっかけでもあるので、「強烈だったかなあ」と思います。
その3:大人ってそんな怖がる必要ない
大人でも、子供かよって思う人がいるように、「大人だからできて当然」ということはないのだと大人になってから気づきました。
私は、大人になったら自動で賢くなると思っていたのですが、どうやらそうではないようです。
むしろ大人の方がやばい人が多い気がします。
子供の方がしっかりしているパターンと言いますか、大人の方が常識がないというパターンを最近よく見かけます。
大人って、子供の頃の自分からしたら「よくわからないけれど常に怒っている人たち」という印象でしたが、高校に入ってから歴史の先生で面白い授業をする人や、国語の先生で授業を受けていた時はつまらなかったのに個人的に教えてもらったら非常に面白かったということがあったり等々、先生にもいい先生と悪い先生というのがいて、やっぱり人間なんだなと思うなどした記憶があります。
中学までの先生が結構やばかったのかもしれません。そんなやばい先生の中にも親身になってくれる先生がいたりして、人って本当に個体差あるなあと思います。
個体差っていう言葉だと変かもしれませんが、それ以外の言葉で置き換えるとするならそれぞれ個性的だなという感想です。
その4:知らない世界がたくさんある
私は、社会に触れて来なかったので実家での生活しか知らなかったのですが、大人になってからやれることも行ける場所も、大人になってから選択肢が増えたなと思います。
カチカに来てから特に顕著なのですが、いろんなことに挑戦できるようになったなと思います。
例えば、現在ライティングをさせていただいていますが、これも想定していなかった未来です。
「ずっと実家で、孤独に死ぬんだ」と考えていましたし、「自分は何もできない」と思っていました。
そんな私が文章を書く仕事をB型でしているという事実を前の職場にいる自分に話したら「そんな都合のいい展開、ありえない」と言って信じないと思います。
カチカに来てから、やったことのないことや知らないことへたくさん挑戦させていただいて、やれることも少しだけ増えています。
このままステップアップしたい(文章を書く仕事をしたい)という願望がありますが、このままいけばいつかそれも実現するのではないかと希望を持っています。
その他にも、グループホームで友人ができたのでその子と遊びに行くと毎回新しいことが発見できます。
その子は結構フットワークが軽くていろんなことができるので、一緒にいて楽しいです。
コラボカフェに同行してくれたり、イベントに参加したり、新しい事ばかりです。
しかも、一度やってみたいと思っていたことばかり。一人ではとてもやろうと思えないものばかりです。
親友と呼べると思います。もう1人グループホームの子で親友と呼びたい子がいるのですが、最近すごく忙しいみたいで顔を見れていません。
カチカやグループホームでの出会いが結構私を変えてくれたので、生きていてよかったなと感じます。
おわりに~それでも、生きている~
いかがでしたでしょうか?
今回は、私が大人になってから分かったことについてお話してきました。
学生の頃から希死念慮と戦って、カチカに来るまではずっと死にたいと思っていた私ですがそれでも「今、生きていてよかった」とカチカに来てからは思うようになりました。
特に家族と離れてグループホームに住むようになってからはメンタル的に非常に安定しました。
カチカに通うようになってからも実家に帰ると憂鬱になって希死念慮と戦っていましたが、そういうことも今はないです。
むしろ、弟や両親に会えないことに寂しさを感じるくらいの余裕があります。
母とは喧嘩になることがありますが、回数的には実家にいたころより衝突は減っているし、ちょっと寛容になれている気がします。
それでもお互い子供っぽい部分があるので衝突しますが、悩みを吐き出せる場所(グループホーム)があるし、個人的に現状に満足しています。
楽しいと思える日が多くなり、人間ですので調子の悪い日もあるけれど、それでも生きていることに感謝できます。
今回は長くなってきたので、ここらへんで終わりたいと思います。
皆様は、大人になってから変わったこと、分かったことはありますか?
大人になって、少しでも前向きになれたら良いなと思います。
必ずしもそうなるとは言えませんが、割と何でもいずれは解決する気がしているので、今が苦しい人にも、生きていてよかったと思える日が来るといいなと思います。
それでは、失礼します。











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