こだわりが強い私がやりたくないこと~嫌いな事3選~

こんにちは、くらげです。

私には、特性というか、普通の人に比べてこだわりのようなものが多いです。

例えば、凄く偏食だったりします。

好きな食べ物と嫌いな食べ物の間に、多くの食べられるけれど食べたくない食べ物があります。

今回はそんなこだわりの多い私が、これをするのは嫌いだなということをお話していこうと思います。

1 何かを強制されることが嫌い

以前まで、電話をしつこくねだってくる人がいたのですが、「何故この人はこんなに私と電話をしたがるんだろう(私以外にも話し相手がいると言っているのに私との電話に固執するのは何故だろう)」と納得がいかず、電話が嫌いだったのと、何故か話すことのリハビリをしようと言われ、「私は話し相手に困っていないし、ちゃんと話せていてリハビリなんてする必要がないのに何でそんなこと言われなきゃいけないんだ!」と怒ってしまい、お互いに納得できなかったので縁を切りました。

その後、またつながりを持つのですが、また電話しようとしつこく言われ、その人は最初「反省して、電話をするつもりはない」という体で来ていたので「やっぱり電話させられるじゃん!話が違う!」と思って、お互いに傷つけあって(相手的には一方的に私がキレて傷つけてきたことになっていると思いますが)結局はまた他人同士になりました。

その人と電話することが非常に嫌だったというより、電話自体が嫌だったのですが、その人はなぜかすごく電話がしたかったようで、自分が電話したいのになんでこの人は電話してくれないんだみたいな念を感じていました。

それで、余計に嫌になってしまったりして、結局面倒くさくなって電話をしたのですが、中身のない話と言いますか、私が一方的に話しているように感じて、電話した後、絶対嫌な奴だと思われたとか、話過ぎたとか悩み続けることになって体調を崩したりしました。

体調が悪くなった話をすると、「それなら電話しなければいいんでしょ」とお互いに話が通じなくなってしまって、最後は相手を怒らせて終わりました。

こんな感じで、元から嫌いだった電話がさらに苦手になって絶対やりたくないと思っていたのですが、最近、友人と電話をしています。

なんで体調悪くなるほど嫌いだった電話を友人としているの?という話ですが、「ゲームを一緒にやらない?」と友人から誘われまして、その子は元々グループホームで生活を共にしていて、親友といいますか、多分前世でも仲が良かったんじゃないかレベルで趣味が同じ子でして。

この子となら、大丈夫かもしれないと思って電話したら、思ったより抵抗がなくて楽しい時間を過ごせました。

やはり、「意味もないことを誰かに強制されたり、無理強いされるという状況」が苦手なだけかもと思います。

育ってきた環境的にも、何かを強制されるような状況が多く、そういうものに抵抗があるのかもしれません。

電話を楽しいと感じられる友人とは、結構深い関係だったのも要因としてはあるかもしれません。

お互いのことを分かっているから、通話が終わった後、どう思われたかの心配をしなくても良いというか、私はその子に「嫌われることはない」という確信があるので、悩むことがないかもしれません。

電話することが嫌いだとか言っていたくせに、手のひら返しのごとくほぼ毎日くらいの間隔で電話しています。(勿論、相手の予定とかを尊重しつつ、出来る時だけ電話しているのですが、お互いに話したいと思っているのかめちゃくちゃ電話しています)

2 無駄な事が嫌い

無駄な事、無駄な会話が苦手です。

例えば、学生時代友人ができなかった原因がこれです。

何でもかんでも常に一緒ということや、友人同士でする会話というのが分からなかったのと、友人を作る努力をしないで自分の好きな事をやっていたら、あいつは付き合いが悪いから関わるなと離れていってしまったという現象だと思います。

自分の好きな事をやろうと思ったのにはきっかけがあります。

小さい頃、鬼ごっこの鬼を毎回やらされて、私は足が遅いので誰にも追いつけないのですが、そのことを遊んでる子達は楽しんでいるようでした。

必死で追いかけて、追いかけても捕まえられなくて、何でこんな苦しい思いさせられるんだと思っていました。

そんな中、私を不憫に思ったのか、もしくは私がいつまでも捕まえられないことに飽きたのか、手をさし伸ばしてくれる子がいました。

私はその子の手をタッチして、他の子は嘘でしょみたいな感じでその子から離れていき、その子が元気に駆け出していくのを見たのを覚えています。

大分古い記憶なので、もしかしたら記憶と違うこともあるかもしれませんが、その頃から、意味のないことをやらされることや、無駄な事をしているという感覚が現れ始め、どうせ負け戦ならやらない方がマシと、自分の好きな事を優先するようになりました。

元々、自己中心的な性格だったのもあるかもしれませんが、「何かのためになること」じゃないとやる気が起こりません。

今だと、MOSの試験を受けたいのですが、勉強しても受からない気がしていて、やる気が起こらないです。

何か成果が見えれば、すごくやる気になれるのですが、一度失敗すると、もう1回やってみよう!(チャレンジしてみよう!)というのができません。

普通の人からしたらくだらないこだわりですが、本人的にはこの特性はない方が絶対生きやすいよなと思っています。

3 暇な時間が嫌い

よく、ぼーっとするのが好きというのを聞きますが、私はそのぼーっとすることが嫌いです。

嫌いというか、分からないです。

ぼーっとする時間があるなら、他の趣味をやったりしたいと考えます。

そもそも、無になるという状態が良くわかりません。

何も考えていないという時間が私にはなく、頭が働いていない時間というのが寝ている間くらいしか私にはありません。

なので、ぼーっとするという状態が良くわかりません。

私がぼーっとしているように見える時は、何かを必死に考えているときだと思います。

宙を見て、微動だにしないと思ったら急に動き出して何か始めだすのが私です。

それか、ゲームのワンシーンを思い出してにこにこしています。

なんかこの人急に笑い出したぞ、と思ったらそれは思い出に浸っています。

こんな感じで、ぼーっとしているように見える状態はあるにはあるのですが、頭が休まっていません。

何も考えない、というのが私からしたらありえないというか、分からないです。

考えすぎるせいで、良く頭痛が起こります。

私が、「頭痛い……」と言い出すと、支援してくださっている方から休憩を勧められます。

暇で死にそうという表現がありますが、私の場合暇を感じると「本当に死ぬ!早く何かしなきゃ!」という焦りになります。

心臓がバクバクしだして、死に近づいている気がしてくるので暇を感じるのは私にとっては死に近づくことです。

4 おわりに

いかがでしたでしょうか?

今回は、私のこだわりのせいで嫌いな事についてお話してきました。

普通の人からしたらくだらない悩みかもしれませんが、私にとってはすごく急を要する悩みです。

早急に解決出来たら良いのですが、特性が関係するといいますか、発達障害だから感じる悩みのような気がしていて、解決するには努力ではどうにもならない部分があるのではないかなと感じています。

それらの不具合を抱えつつも、私は元気に今日も生きているので、どこかで私と似たようなこだわりを持っている人にも、元気でいてほしいなと思います。

長くなりましたので今回はここらへんで失礼します。

それでは、また次回。