100点を求めすぎない生き方~白黒思考の人間が、自分のやれたことに気づくまで~

こんにちは、くらげです。

私は日々、生活している中で何かに躓くとすべて悪いように感じてしまいます。

例えば、朝起きなければいけないのに昼近くに起きた場合、全てが上手くいかない気がするといいますか、「出来なかったこと」ばかりに目が行ってしまいます。

今回は、そんな100点以外を受け入れられない私が、80点くらいで満足するにはどうしたら良いかについて考えていきます。

1 すべてを完璧にしなくても良い

最近、「こういうことが出来なかったから、もう終わりだ」とかいう発言をした時に

「でも〇〇は出来たじゃん、それだけで十分だよ」

と支援員さんが私によく言ってくれます。

確かに、何か1つができなかったからと言って、カチカで怒られた記憶がないなと思いまして。

そもそも、カチカの利用者として生活していて、「ここをもっとこういう風に工夫した方が良い」というようなアドバイスをもらうことはあっても、「ここが駄目だからあなたは駄目」みたいな人格否定みたいな強烈な叱責を受けたことがないなと思いまして。

今まで、何もかも駄目だと言われてきた私からすると、信じられないくらい優しい世界に今はいます。

カチカが特別、と一時期は考えていたのですが、カチカが特別というより私を支援してくれてる支援員さんが優しい気がするのと、仕事上関わってくれている方々が寛容だったりするのかなと思っています。

ちょっと相性の悪い支援員さんの頃、自分も荒れていた時代というのがありまして、昼夜逆転がひどく通所もままならなかったのですが、今の支援員さんが手厚くサポートしてくれるのと、仕事を与えてくださる皆様からも「頑張れ!」と応援されている気がするので、現在は午前通所しています。

と言っても、昼夜逆転していたころの弊害か、まだ午前中が眠くて作業もあまり上手くできません。

それでも、大丈夫ですよと行ってくださっているのでありがたい話です。

私は、自分にまかせてもらった仕事は言われたとおりにきっちり頑張りたいと思っているのですが、「そんなかっちりお堅くいかなくても良いのかな」と思います。

失敗しても、注意されるわけでもなく「次、気を付けよう!」みたいな助言を受ける程度と言いますか、自分にとっては立場が危うくなるくらいのミスをしているつもりなのですが、仕事を与えてくれる相手からしたら、大したミスではないようなことが多いので、そんなにミスを重く受け止めなくても良いのかなと思っています。

2 100点満点じゃなくても

私は受験勉強をしていた時、90点くらいのでかい点を取って親に褒めてもらったがあるのですが、「100点じゃないなら意味がない」と褒めてもらえたのにそれを否定してしまったことがあります。

弟の方が頭が良いので、親は私のテストの点数などあまり気にしていなかったように感じます。

それでも、褒めたということはおそらく褒めるに値する良い点数だったと思うのですが、私の中では「これでは受験も失敗する」ような点数で、価値がないように思っていました。

当時の私の頭脳の感じを考えると、90点ってすごい点数だなと今は思っています。

それ以前の成績は赤点ギリギリでして、30点~60点くらいを行き来していたように感じます。

教えるのがすごく上手な家庭教師がいたというのが、その当時成績が急激に良くなった理由なのですが、それでも自分を認められませんでした。

私は1つのことを集中してやりだすと、止まれない癖というものがあって、それのせいでダイエットに失敗(ダイエットを極めようとして病気になったり)したり、精神状態を悪くしたりしていました。

こだわり癖みたいなものですが、もうちょっとゆるく人生を生きられたらもっと楽しく人生を送れていたのではないかなあと思います。

3 自分を守るための、理由付け~〇〇できなかった、でも〇〇できたという思考に落ち着くには?~

完璧主義の人ほど、1つのことでつまづくと全てが終わってしまうような錯覚に陥るような思考回路が働いてしまうと思います。

私がニートだった頃は「今日も無駄に生きてしまった」という気持ちが非常に強く、「生きている意味がない」と感じていました。

ですが、人間とは生きているだけでエネルギーを使っていますし、今日も生きてこれたというのは誇れることだと思います。

自分の人生をあきらめず。今日も一日生きてこれた自分を褒めて上げれると良いのですが、なかなかそういう考えを持つのは難しいことだと思います。

例えば、外出できたなら今日は外出したと褒めるタイミングがあるのですが、家に1人でこもっていた方も、自宅を守ることが出来たと思うと、少しは楽になれるかもしれません。

自宅警備員という言葉が、昔はよく耳にしたのですが最近は聞かない気がします。

家にずっといたら、自宅を警備していたんだということにしちゃっても良いと思います。

他にも、ご飯を食べたり、風呂に行けただけでも面倒くさいけれど頑張ったと言えるでしょう。

そういう小さなことでも、自分が良かったと思えたなら良い事なのだと思います。

自分を否定してばかりでは、心の中で自分は何もできないと感じるようになってしまうので、少しでも承認してあげられると良いですね。(それが難しいのですが……)

4 おわりに

いかがでしたでしょうか?

今回は、完璧じゃなくても、世間はある程度大丈夫というような気持ちで記事を書いてみました。

この記事を読んで、自分の今日出来たことに目を向けようと思っていただいたら、書いた甲斐があります。

本日はここらへんでおしまいにします。また次回、お会いしましょう。

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